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道場を後にし、藤堂の家にやってきたスザクは郵便受けに入ったままになっていた新聞を手にとった。預かった鍵で部屋の中に入ると、その新聞を開き中を確認する。 日本語で書かれた縦書の新聞は敗戦後には存在しない。 日本語の新聞が再び発行されるのは、ゼロレクイエムの後で、ブリタニアの支配が長かった影響か、文字は横書きで書かれるようになっていた。 懐かしいなと感傷にふける間も惜しいと、パラパラと新聞をめくった。 侵略戦争を続けるブリタニアに対する枢木ゲンブ首相の演説内容が大きく1面に取り上げられていた。 自分が殺した父親、その写真。 日付を見ると、ルルーシュとナナリーが日本に留学という名目でやってくる1ヶ月ほど前だった。 そこまで確認した後、藤堂に頼まれた通り、押入れの中に纏められていた古い新聞の束を引っ張りだした。 どういうことなのだろう。 気がついたら懐かしい部屋に居た。 幼いころ住んでいた枢木の家の自分の部屋。 そこにあるベッドの上で横になっていた。 最初軽く混乱したが、幼くなっていた自分の姿に、これは夢だとそう考えた。 ここが夢ならば会いたい人が居た。 嘗ての師である藤堂。 ゼロとして対面することはあるが、スザクとしては二度と会うことが許されない人物。 なぜなら枢木スザクは10年前に死んでいる。 ゼロ・レクイエム。 悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを英雄ゼロが殺したあの日。 枢木スザクもまた死んだのだから。 世界は腹立たしいほど彼の予想通り平和になった。 すべての悪をルルーシュ一人に背負わせて。 世紀のペテン師に騙されていることも知らず、人々は平和となったのは全てゼロのおかげだと、感謝の言葉を告げてくる。 彼が悪とされ、自身が善とされる嘘にまみれた世界。 彼を糾弾する声を聞く度に、ゼロを賞賛する言葉を聞く度に、心がどんどん冷えていくのを感じていた。死んだはずの自分が何かを感じるのはおかしな話だが、ゆっくりと時間を掛けてこの身の内にある何かが死んでいくのを感じていた。ゼロとは無。完全にそれが死んだ時、本当のゼロになれるのかもしれない。彼の望むゼロに。そのことに仄暗い喜びを感じていた。 きっとこの夢はそんな自分が、未だに死にきれない醜い自分が現実から逃げるために見せているものだとそう解釈した。 これが夢であるならば、ゼロではなく枢木スザクとして会うことが出来るから。 殺しきれない自身に苦笑するしか無いが、人である以上そういう時もあるのかもしれないと、夢の中では枢木スザクであることを自身に許すことにした。 そして、懐かしい道をたどり、記憶に残っていた道場の中で藤堂を待ったのだ。 父を殺した事を知る人物。 ルルーシュを殺したことを悟っている人物。 醜く歪んでいた枢木スザクという愚か者を知る人物。 今よりもずっと若い藤堂が道場に姿を現したことで、心の奥にある何かが揺れ動いた。 これは欲だ。 ほんの少しでも話をしたいと思い此処へ来たが、是非あの頃のように手合わせをしたいという欲が生まれた。 数瞬迷った後、手合わせを願い出ると、藤堂はそれを了承してくれた。 一度も勝つことが出来なかった師。手合わせをしている間、自然と死んでいたはずの枢木スザクに戻っていることにも気づかず、夢中になり、気がついたら藤堂を投げ飛ばしていた。 勝てるはずのない相手に勝てた。 なんて都合のいい夢だろう。 この心に優越感を与え、勝利の興奮と快楽を得るために見ているのだろうか。 荒い息を吐きながら、夢とは思えないほどの疲労を感じ、ああ、なんて醜い心だろうと苦笑した。 「それにしても、おかしな夢だ。てっきり貴方に私の罪や、不甲斐無さを責められるのだと思っていましたが、何も言わないのですね」 久しぶりに口にする枢木スザクとしての言葉。 その言葉に、藤堂は眉根を寄せた。 「私が、君に対し何かいう権利など無い。君が私の罪や、ゼロに対する裏切りを責めるというならわかるが・・・」 「ゼロに対する裏切り?何の話ですか?」 それは今のゼロに対するものだろうか?それとも彼に対するものだろうか?一体何を言っているのだろう。夢の中の会話だから意味など無いのだろうか? そう思っていると、藤堂はあり得ないことを口にした。 「待ってくれスザクくん、これは私の夢のはずだが」 「・・・何言ってるんですか?これは私の夢です」 お互いに自分の夢だとそう口にした時、もう居ないはずの兄弟子たちがやって来た。 あの空襲で亡くなったはずの、既に記憶から消えかけていた彼らの顔。そして声。 何かがおかしいと、その時初めて気がついた。 これは本当に夢なのか、それとも。 藤堂は道場があるから抜け出せないため、鍵を渡され、まずは新聞から情報を得るよう言われた。 軽く混乱する頭でここまで来たのだが、新聞を読み進めれば進めるほど、これが夢だとは思えなくなってきた。 そして1週間前の新聞に目を通した時、ざわりと鳥肌が立った。 新聞の一面に書かれた文字。 神聖ブリタニア帝国皇妃マリアンヌ暗殺される。 生前のマリアンヌの写真が大きく貼られたそこには、暗殺された情況、警察が入り調査をしているアリエスの写真などが載っていた。 ルルーシュとナナリーが日本に送られた原因。 スザクはその記事を食い入るように読み進めた。 もし此処が過去だとしたら。この事件でナナリーは足を撃たれ、皇帝のギアスで両眼を封じられ、記憶を書き換えられているはずだ。 「・・・あった。マリアンヌ皇妃の御子が瀕死の重傷を負った。この後の記事はどれだ」 ナナリーの名前は出ていないが、間違いないだろう。1週間分の新聞を流し読みしたが、暗殺に関する事は載っていたが、ナナリーのことに触れたのは最初の記事だけだった。 「まあいい、今はこの1週間分の新聞を持っていけばいいか」 考えるのはそれからだ。 焦る必要はない。 もし今が過去であるなら、二人はいずれ此処に来る。 1週間分の新聞をまとめ、藤堂の携帯などを押入れに置かれていた鞄に詰め込むと、スザクはその部屋を後にした。 |